豆の上で眠る【湊かなえ】

豆の上で眠るのあらすじ

あなたは一体誰?
失踪した姉が帰ってきたが、絶対にあの人は別人。

結衣子には2歳年上の姉、万佑子ちゃんがいる。体が弱く家に引き篭もりがちな万佑子ちゃんは読書が好きで、毎晩のように読み聞かせをしてくれていた。

結衣子が特に覚えている本は、「えんどうまめの上にねたおひめさま」。
何故記憶に残っているかというと、万佑子ちゃんに読んでもらった最後の物語だったからだ。

結衣子が小学1年生の夏休み、万佑子ちゃんと一緒に神社で遊んでいた。まだまだ遊び足りない結衣子と、疲れて家に帰りたい万佑子ちゃん。

先に1人で帰った万佑子ちゃんは、家までの帰り道で姿を消してしまう。

万佑子ちゃんが被っていた帽子が落ちていたスーパーの駐車場。白い車に乗っている万佑子ちゃんを見たという目撃者。隣県で起きた小学生女児の監禁事件。

一緒に帰らなかったことをひどく後悔する結衣子。必死の思いで捜索する母親は、段々と狂気じみていく。

もう限界を迎えた時、万佑子ちゃんが見つかったと連絡が入る。2年ぶりの再会を果たしたが、目の前にいたのは見ず知らずの少女であった。

家族は無事に帰ってきたと大喜びし、姉だと言い張るその人は失踪前のことも覚えている様子。

だが結衣子は、万佑子ちゃんじゃないという疑念を持ったまま大学生になっていた。

あなたは本物のお姉ちゃんなの?
拭えない違和感を信じられるのは、姉との思い出が美しくかけがえのないものだったから。

やるせない胸の苦しさを上回る、無情な追い討ち。ラストまでノンストップで駆け抜ける姉妹ミステリー。

豆の上で眠るの名言

記憶の濃淡は時間や現在の環境によって決まるわけではない。

こんなエピソードを聞いたことがある。昔の貧乏な画家は新しいカンバスを買う余裕がなく、絵が描かれているものを塗りつぶし、その上から新しい絵を描いていた。まれに、何層かのつまらない絵の下に名画が眠っていることもあるのだと。

人間の記憶もそのカンバスのように、重ね書きの繰り返しではないだろうか。薄っぺらい日常が何年分も重ね書きされようと、ほんのわずかな亀裂や隙間から、色濃く残っている部分が漏れ出てくるのは、何ら不思議なことではない。

豆の上で眠るの感想

常にゾワゾワとした怪訝な雰囲気を纏うのは、私たち読者もまた豆の上で眠らされていたのだろうか。

姉は別人かもしれないという確信めいたあらすじ。それは子どもながらの直感ではなく、大学生になった今でも尚拭えない違和感というのが話の大半を占める。

帰省している最中、いや普段の生活全てがトリガーとなって万佑子の失踪事件が蘇ってしまうトラウマ。それは結衣子の人生も失ってしまったと同然のこと。

本心を言えぬまま涙を流すことで、自覚のないストレスを発散していく様は、自分の幼少期と重なる部分が多く胸が苦しくなる連続であった。

躁鬱の展開で進む結衣子のひとり期は、万佑子がいたらという願っても叶わない望みだけが頼りの綱で、その地獄から脱したと思ったらさらに辛い現実が襲う。

この負の連鎖を嫌らしくなく抱えきれるギリギリを、流れるように表してくるあたり、イヤミス女王の手腕すぎて、喜んで踊らせてもらった。

ここまでの入念なフリによって、最後の呆気ない終着の温度差に身が震えた。納得できない気持ちは、結衣子と共鳴して、ひとり虚構の世界で彷徨い続けている。